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第14号 イタリアにおけるフィリピン移民:経済的な要因 Filipino Migrant Workers in Italy: Economic Factor

三浦 純子(東京大学 難民移民ドキュメンテーションセンター学術支援員)

イタリアは、フィリピン人の海外出稼ぎ労働者(Overseas Filipino Workers, OFWs)にとって、欧州の中で一番人気がある移住先です。
彼らの多くは、イタリア人家庭等でメイド、いわゆる家庭内労働者(DomesticWorkers)として働いています。
フィリピン人がイタリアを移住先に選択する動機としては、フィリピンの貧困状況とイタリア社会の労働力の需要といった経済的要因と同時に、文化的な要因を あげることができるでしょう。米国の移民研究者であるパレーニャス(Parre?as)は、フィリピン移民が経済的な要因で米国に渡り、文化的な要因でイ タリアを移住先として選択していることを指摘しています。

 筆者がインタビュー調査した多くのフィリピン人は、低賃金のため生活は楽ではないが、イタリアには親しみをもっていることを語ってくれました。
中東やアジア地域で同じように家庭内労働に就く者は差別を受け、問題を抱えることが多いですが、イタリアの人々には好印象を抱いているようでした。
カトリックという共通の文化を持っていることから、互いに親しみを感じているようです。
中東地域では、雇い主の家で「住み込み」のメイドとして働くことが多く、賃金未払いや暴力等が問題となることがあります。
一方でイタリアの場合は、住居を別に構えて「通い」で働くことがほとんどです。
こうした労働環境の違いは大きいと考えられます。
人の移動に際して、家族や知人のネットワークを持っているか否かは、移住先の選択に大きく影響します。
親族間や知人との社会的ネットワークが存在するかどうかで行き先が変わることは十分にあり得ることです。
移民の社会学を専門とする米国研究者マッセイ(Massey)は、親族や知人を通じた人々のネットワークが、雇用等の経済的利益をもたらすとしています。
実際に、在イタリアのフィリピン人のほぼ全てが親族を頼りに移住しています。
一つの特徴として、彼らの主な仕事が家庭内労働であり、信頼関係が一番大切であることから、雇い主に、信頼できる人物として親族等を紹介していくということがあるようです。
実際、紹介以外で仕事を得ることは難しいそうです。
家族の絆の深さを活かして、出稼ぎのチャンスを作っているのです。

 しかし絆の深さが,同時に悩みの 1 つにもなることがあります。
彼らが移住する一番の目的は「家族への送金」です。
インタビュー調査に応じてくれたあるフィリピン人は「家族に送金しているが、姪や甥、他の親族たちも自分を頼りにして、送金してほしいと頼んでくる」と話していました。
親族からの依頼を断りきれずに、自分たちの生活も苦しい中、送金しているといいます。
ほかにも、休暇でやっと一時帰国できた際にも親戚や見知らぬ人からお土産を迫られるという話もありました。
親族との絆が彼らの移民生活を支えているのは事実ですが、その一方で、強い絆が彼らの負担になることもあるといえるでしょう。
イタリアでは、カトリック教会やカトリック系 NGO、その他のキリスト教組織等が移民に対する支援を行ってきた歴史があります。
まだ移民が少なかった 1960 年代頃、カトリック系のある財団は、家庭内労働者である移民たちの環境を整えることに大きく貢献しました。
カトリック教会は、こうした女性を中心とした移民の就職や住居、信仰を基盤とした精神的なサポートも行っています。
このような支援を通じて、家庭から失われた宗教的なモラルや価値観を取り戻すといった目的があります。
このように、親族のみならず、キリスト教を中心としたネットワーク等もイタリアで暮らすフィリピン移民を支えています。
母国からの期待を背負い、移住先で懸命に働くフィリピン移民。特別な技術を持っているにもかかわらずそれを活かせない人々が多いことや、母国に置き去りにせざるを得ない子どもの教育等、抱える課題は多くあります。
在イタリアのフィリピン人の神父さんが、こんな言葉で彼らを勇気付けていました。
「辞書でフィリピン人と引くと、そこには家庭内労働者と記されていることがあります。私たちは高い地位や富も得られないかもしれません。しかし、自分自身を価値のない人間として見てはいけません」。
そして、感謝の心を持つよう仲間に促していました。 
 
 このように、家庭内労働者としてイタリアで働くフィリピン人は、雇用確保やアイデンティティ形成のために親族・知人とのネットワークを駆使すること、ま たキリスト教文化を基盤とした文化的な要素が彼らの生活を支えていることが、移住の動機になっているといえるでしょう。
また、イタリアとフィリピンの人々は、人生を楽しむこと、もてなし好き、という同じ心を持って、苦難の生活の中にも、互いを認めて受け入れあっているようです。


 
伊藤塾塾便り212号/HUMAN SECURITYニュース(第14号 2013年4月発行)より掲載